親を悲しませる”勇気”(後編)

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予想以上にたくさんの方から反響を頂いて、とても嬉しいです。   そしてまさかの、”自分のBLOGを書くことにプレッシャー”を感じております (^^;;     後編です。     無事に志望大学に合格した僕は(正確に言うと指定校推薦というやつです)、 ぶっちゃけそれだけで、ほぼ満足していた。     (多分これで、就職も”うまく”いくんだろう。)     自分から友達を作るのがあまり得意ではなかった僕は、同じ高校から大学に進んだ同級生たちに、いつもくっついて行動していた。   なんとなく面白そうで、ちょうど推薦枠のあった商学部への入学。 履修する科目を選ぶ際に、特に将来に向けた明確なビジョンがあるわけでもなかった。   「この授業評判良いらしいよ」 「ほんと?おれも取ろうかな」   「おれはあの授業受けるよ」 「じゃあ、おれも行くわ」   ”なんとなく面白そう”かどうか、”楽に単位が取れる”のかどうかだけで、友達にくっつきながら履修科目を選んでいた僕はいつしか、   「あいつ、何も自分で考えて行動できないんじゃねーの」   なんとなく、そんな視線を向けられるようになった。   そうして、少しづつこれまでの友達との距離が離れていく中、少しづつ、大学での新しい友達も増え始めた。   それなりに楽しくて、充実していたと言えば充実していた日々。   だけど、サークルでサッカーをして友達と思い切り楽しんだ後、 飲み会で仲間とバカ話をして最高に盛り上がった夜の帰り道、 決まって僕は、何故だか泣きたくなるほどの孤独感を一方で感じていた。   将来を見据えて資格勉強に励む友達、 サッカーのプロ選手になって活躍している友達、 留学をして新しいチャレンジを始めた友達。   口に出して言ったことはなかったけど、あの時に感じていた感情は、間違いなく”劣等感”そのもの。   もちろんその友達のことはみんな、心から尊敬していた。   誇らしい気持ちだったけど、その裏にあったのは、   ”自分も同じようにたくさんの人に認められたい” ”すごいと言われたい”   そんな想いだった。   […]

親を悲しませる”勇気”(前編)

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僕はこれまで、親に悩みを相談したことがない。   よく、「親や家族には友達のように何でも相談できる」と言う人がいる。 でもいつからか、僕にはそれができなくなっていた。   正確に言うと、”できない”のではなく、”したいと思わない”、むしろ”したくない”という感覚に近い。   どうしてか、考えてみた。 そして過去を振り返って、気づいたこと。   それは、”親の期待を裏切って、悲しませたくない”という気持ちが根底にあること。   何かに悩んでいる自分や、何かを思うようにできないことを、親に知られて悲しませてはいけない、 がっかりさせてはいけない、という想いが僕の中には昔からあった。多分、小学校くらいからだと思う。   思えば幼い頃から、僕は親からたくさんの愛情を受けて育ってきたことを自覚していた。   好きなものを食べさせてもらい、好きな所に連れて行ってもらい、好きなものを買ってもらって。 間違っても決してセレブではないし(笑)、お金持ちでもないけれど、それなりに。   そして、幸せな大人になるためには、勉強をすること、良い学校へ入ること、安定した職業に 就くこと、大きな会社に入ることが大切だといつも言われていた。   そうして知らない間に僕は、いつしか親自身が描く”将来の幸せ”へのレールというものに沿って、 生きていくことになる。   そしてそのレールを外れることはいけないこと、親を悲しませることだと、心のどこかで解釈をしていた。   でも、かといってその頃は自分自身で自分なりのレールを引くことができるわけでもなかった。 自分には何ができて、何を本当はしたいのかも、よくわからなかった。   小学校4年生くらいから、塾や公文式に通いだした僕は、周りの子と比べても勉強は飛び抜けてできる方だった。   「もうできたの!?すごいね!」 「やり方教えてよ!」   また、その頃はなぜかサッカーも得意で、学年でもトップ3くらいに上手かった。   当時、流行りのシザース(KAZU選手のフェイントの真似)で相手を抜いては (信じてもらえないかもですが。。)、   「雄太、すげー!」 「次は一緒のチームで、もう一回対戦しようぜ!」   そんな具合だった。   とにかく、自分には何ができて、何がしたいのかはよくわからなかったが、 勉強とサッカーだけは周りから認められ、褒められた。それが嬉しくて、楽しかった。   でも、小学校を卒後し、サッカーで名門と言われた学校でいざサッカー部に入ってみると、もう全然ダメ。 まず体力がないし、技術もついていけない。   勉強はと言うと、これまたとんでもなく頭がいいやつがゴロゴロいて、全くかなわない。   こうして、それまでの自分の存在価値を形成していた、”勉強とサッカー”での自信が一気に崩れさった。 […]

YOU KNOW?

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「自分のことがわからなくなったことなんて、一度もないかも!」   大学生の頃、友達に言われて自分的には結構な衝撃でした。   確か当時は、すごく好きな子がいて、それも自分でも不思議なくらい好きで好きで、 いつもいつもその子のことばかり考えてました。(恥)   「なんで好きなの?」 「うーん…、何かわからないけど、めっちゃ好きなんだよね!」   友達に聞かれても、うまく自分の気持ちや感情を説明できず、でも気持ちはどんどん高まっていって。 ついに頑張って告白はしたものの、そんな勢いだけの空回りさ加減でアタックした僕は、 見事に振られました。(カスリもせず。)   悲しくて悲しくて、諦めきれないような、でも振られたんだから無理なのかな、 どうしようかな、やっぱりまだ好きだよな?ん、そうでもない?? うーん、ワカラナくなってきた。。   そんな風にぐるぐるしていた時に、冒頭に書いた言葉を言われたような気がします。   (自分の気持ちって、みんな普通わかってるものなのかな…?) (もしかしたら自分は、自分自身の感情に気付きにくいのかも?)   、、そんな疑問を初めて感じた記憶があります。   それが何故なのか?ただ言葉にして説明するのが苦手だからだろうか? 色々と考えても、その時ははっきりとした答えは見つからないまま。   ただ少なくても、自分のことって意外にわからないものなんだな、ということを人に気付かされた経験でした。   多方面から、よく「頑固」と言われる僕ですが、たまには人の意見を聞かないといけないかもな、と感じた大学3年のエピソードです。   遅い!?   “It may not be that I have lost something about myself!”   When I was a college student, my friends told […]

WHY? BLOG

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「自分にとっての幸せって、何だろう?」   これまでは、どこか恥ずかしくて言えなかった。   30代になってからも、いつもどこか満たされずに生きてきたこと。 楽しくても笑っていても、何故かどこかで寂しかったこと。   でも、その理由が見つからなかったのは、 ”見つからなかった”のではなくて、 ”見ないようにしていた”だけだということに、この1年で気がついた。   いつも友達や親など周りからの見た目を気にして、本当に言いたいことが言えなかったり、 嫌われたり、変に思われることが怖くて、素の自分を出せなかったりしていた。   でも、本当に自分自身が感じていること、やりたいことをしていかないと、 決して幸せにはなれないということを、今更ながらに痛感しています。   このBLOGを通じて僕が伝えていきたいことは、 その”気付き”から、ありのままの自分で幸せを掴むまでのリアルタイムでの日々。   そして何より、もしもこの僕と同じような状況で悩んでいる方が一歩を踏み出すきっかけになれば、本当に嬉しいです。   “What is happiness for me?” Until now, I was ashamed somewhere and could not say it. Even in my 30’s, I always lived without being satisfied somewhere. Whether it is fun or laughing, […]