つながり。

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めずらしく早起きしています。 ”追う”姿勢で生きようと決めたなら、まずはそこからかなと。   数年前の話ですが、友人の結婚式、新婦のスピーチで、 「私にとって、一番大事なものは”人”です。」 と言っていた。   すごく心に残るスピーチだった。   でも、納得はできるのに、何故かそれを100%受け入れられない、認めたくないような自分がいたのが正直なところだった。   今、思うと、それはうまく人とのつながりが築けていなかった自分を、認めたくなかったからだと思う。 素直な自分を、周りの人にうまく伝えきれていなかったからだと思う。   「人見知りだから」なんて言葉で片付けてしまいがちだけど、そう言って埋めようとしていたのは他人との距離感よりも、むしろ自分の寂しさ。   本当は自分をわかってもらいたい、でも素直な自分を伝えることで嫌われたくない。 そんな想いがあって、人との距離感を意識して話すことが多かったように思う。   こうしたカタチでBLOGに想いを綴らせてもらって、読んで頂けること。 とても嬉しいです。   そして旧知の友達を含め、新たなつながりを作っていこうとしている自分に、今はワクワクしています。   少しづつそんな輪を広げていけたらと、思っています。

”追われる”より、”追う” 。

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人と会うときは、1対1で話すのが好き。 ゆっくり、じっくり、向き合って話すのが楽しい。   今年、友達と久しぶりに会う機会が増えた。   どんなこと話そうとか、 自分なんて相手にされないかなとか、 楽しんでくれるかなとか、   そういう不安よりも、   自分から積極的に話してみたい、 話を聞かせたもらいたい、   そんな気持ちが強くなった。   (写真がイマイチですが…。有真、ごめん!笑)   大学の同級生。 野崎 有真。 ミュージシャン。   何て頭が切れて、人を楽しませるのがうまいやつなんだろうって、大学で出会った頃から感じてた。 正直、羨ましかった。   友達になりたいけど、多分自分からは近づけなかった。 でもなぜか、彼が僕に興味を持ってくれたみたいで、声をかけてくれた。   確か、多摩川の河川敷。 サークルでサッカーをしていた時だった。   戸惑ったけど、 嬉しかった。   言葉は覚えていない。 でも、それ以来の友達。   大学を卒業する折、ミュージシャンでプロを目指すことにしたと聞いた。   もったいないよとか、 カッコいーねとか、 できるわけないじゃんとか、 いろんな視線や気持ちを、僕が想像する以上に感じてきたと思う。   僕は、彼を尊敬してた。 でも正直、悔しさも同じくらいあった。   自分に正直に生きること、 それが僕にはできていないんだって、 本音ではその頃から、感じていたように思う。   距離が近い時期も、少し遠くなった時期もあったけど、 僕にとっては変わらないソウルメイト。   […]

好きな人シリーズ。

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                        三浦知良さん 引用 http://www.jleague.jp/news/article/3747/   サッカーをしていたら、憧れない訳はない。   プレーも、ダンスも、生き方も。 小学生の時からずっと、魅了され続けてきた。   走り方も、フェイントも、佇まいも。 真似したことはあったけど、足は速くならなかった^^;   その背中を見続けることができて、幸せな時代に生きていると思う。     降谷建志さん   男らしくて、骨太で。 温かくて、優しさが溢れるその感じ。   高校の時、好きだった曲の歌詞をこっそりノートに書き溜めていた。 でもそれが、いつの間にか友達にバレていて、気づいたらみんなに知られていて、めっちゃ恥ずかしかった 笑   傷つきながらもいつも前向きに、そして周りを鼓舞するその姿勢に、いつも勇気付けられてきた。 そしてこれからもそれは変わらないと思う。   真木蔵人さん   サーファー的に、僕的には外せないスタイルマスター。   サーフィン、スタイル、生き方、独特なセンス。 全てにおいて、他にはないオリジナルで刺激的な存在。   昔、鎌倉の七里ヶ浜でサーフィンしていたら、たまたま遭遇して挨拶をしたら、返ってきたのはただ一言。   “Surf.”   いきなりで何かよくわからなったけど(多分本人も)、衝撃的だった。   アウトサイダー的存在でもあるけれど、むしろそこに惹かれてしまう。   木梨憲武さん […]

壁なんてなかった。

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先日、母校の暁星高校に行ってきた。   そして仕事の関係で、サッカー部の林義規監督とお話をさせて頂くことに。 でも、1対1で話をするのは高校以来17年振りくらいだったので、はじめはかなりドキドキした…。   正直、部活をしていた頃の僕は、いつも二軍の冴えないただ影の薄いやつ。。   そんな僕がお邪魔しても、   「そもそも覚えられてなかったら気まずいな…。」 「卒業してもう17年くらい経つし…。」   なんて不安や心配ばかり。   それでもグラウンドで、林監督の横に座って午後の練習を見ながら1時間ほどお話をさせてもらった。 サッカーの話から、教育、子ども、仕事や家族、いろいろなお話を伺った。   相変わらずの迫力と、たまに覗かせる温かくて優しい一面。 昔はただ怖くて近寄りがたかった鬼のような監督も、当たり前だけど自分と同じ人間なんだなと、しみじみと感じた。   サッカーがうまくないと認められない。 高校時代にそう思っていた僕は、今こうしてこの場所に戻ってくることができるとは自分でも思っていなかった。   でもその壁は、ただ自分が勝手に作っていただけ。 初めから壁なんて、何もなかった。   帰り際、体育教官室にお邪魔すると、もう一人の恩師である荒木弘先生がいた。   先生というのは、昔の細かいエピソードまでよく覚えているんだなあと本当にびっくりした。   「お前らの代は、中学の時、どこどこといついつ試合して◯松がPK外して負けたんだよなァ!笑」   僕も覚えていない、自分自身のエピソードまで覚えていてくださって、本当に恐縮した。 そして、すごく嬉しかった。   来て良かった。 ”壁”は、ただ自分が作ってるものなんだな、と思った。   こんな自分でも、なんて言わずに、そのままの自分で進めばいいんだな。 そう思った。   The other day, I went to Gyosei high school of my alma mater. And […]

夢を叶えたい自分と、夢を叶えたくない本当の自分

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ライフスタイルというものを意識したのは、大学生の時に初めてハワイに行った時だったと思う。 それまではスポーツや仕事、学問についても、アマチュアかプロ、そのどちらかしか存在せず、存在する意義はあまりないと思っていた。 厳しかった高校サッカー部の日々を卒業し、それなりの充実感と虚脱感の両方を抱えていたその頃の僕は、これからどんな自分を目指すべきか、悩んでいた。 そんな時にふと、ハワイに行くならサーフィンをしてみたいと思った。 正直、泳ぐのは苦手で(今でもクロールは微妙)、塩がベタベタするのも嫌だし、何より華奢な自分の体にコンプレックスを持っていた自分が、海でサーフィンををしたいなんて、これまでは思わなかった。 でも、どこかで新しい違う世界を求めていたんだと思う。 そして、初めてのハワイ。 ワイキキのカヌーズというポイントで、ローカルのビーチボーイに教わって初めてのサーフィン。 当時で確か、1時間15ドルくらい。 ボードの持ち方、漕ぎ方、立ち方を軽く教わって、すぐに海へ。 本物のハワイアンであるゴツいビーチボーイにボードを後ろから押され、 何気にパワーのあるワイキキの波で、すぐに立つことができた。 時間にして、多分5秒くらい。 でもその時に見た景色、ボードが波に押されて進んでいく感覚は、とても気持ち良かった。 すっかり夢中になった僕は、早速中古のボードを探してもらい、日本に帰ってからも海に通うようになった。 サーフィンを始めて約17年くらいになるけど、正直あんまり上手くはなってません。 でも、良い波を見て興奮する気持ち、海に入った時の爽快感は以前よりも増している気がする。 これまでロングボードを持って、これまでハワイ、オーストラリア、タイにも一人旅にも出掛けた。 日本でも鎌倉や茅ヶ崎に住みながら、伊豆や奄美大島、福島、千葉、茨城、思えばいろんなところの海を楽しませてもらってきた。 台風の日の逗子、ビビりながら入ったシドニー、友達と勢いでチャレンジした大波の七里ヶ浜、結構危ない目にもあってきたけど、今思えばいい思い出。 サーフィンを始めてから、”海がある生活”に憧れを抱くようになった。 それまではスポーツだったサーフィンが、 ライフスタイルとしてのサーフィンになった。 そして、サーフィンだけでなく、シュノーケルやSUP、ボディボードやボディサーフィン、 海だけでなく山や川、自然そのものへの興味も大きくなった。 いつしか自分にとって海は、なくてはならないものになっていた。 身近に海のある生活。 それを突き詰めたい自分と、現実的なことに捉われて踏み出せない自分。 ハワイやオーストラリア、ニュージーランドに住みながら、仕事をして海のそばで生活することを、これまでにもチャレンジしたことはあった。 でもどこかで、現実的な可能性を見出せないことを理由に、諦めてしまっていた。 と、思っていた。 でも、改めて振り返ると、”実現できない理由”を探して、自分を納得させようとしていたようにも思う。 ”夢を叶えない”ために、今ある自分を手放さないために、できない理由を探していたのかもしれない。 特に専門的なスキルも知識もない、会社勤めの一般的なサラリーマンである僕が、 そんな憧れのライフスタイルを実現できるはずはない。 だから、今のままのライフスタイルを続ける。 その選択は、自分自身が選んでいたものだった。 夢を叶えないという選択を、僕は自分自身でしていた。 でも、そんなできない理由を探すよりも、できることを積み重ねて、諦めずに近づいていきたい。 一足跳びには難しくても、好きな場所に住んで、自分とかずにとって一番気持ちの良いライフスタイルを送れるように、チャレンジしていく。

Byron Bay, Australia

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ココロとカラダに聞いてみた。 行き先はByron Bayだった。 海、山、波、音、光、食、人。 ここ以外に今の自分たちが求めている場所はない、そんな確信を持って訪れた年末。 出国ピークの出発香港空港徘徊かず画伯 寝起きですが、着きました ベルリッツ実践中霞むゴールドコーストByron Bay行きのバス待ちオーストラリア、意外にオシャレコーヒーロースター南国の香りワクワクする瞬間朝陽が染みるByron Bay Yoga事情をリサーチまさかの激混みみんなおしゃれByron Bay Japanese主宰のHiromiさんかず画伯 on the beachfrom light housefrom light house2weddingで唄う二人light houseかず画伯そして山が美しいやまがず画伯うみタコスフェスかず画伯Tallow beach透き通るうみ実は冷たいうみ凛とした花the farmorganic organic smileコーヒー待ちとにかくクール海外の掲示板て、面白いバン生活34日目のUKカップルにインタビューそして流れるミュージックパワフル広告みたいマーケットアートが生活に入り込んだ街赤いやつフレンドリーピープルdone 風が合わなくて、今回はノーサーフ。 (拓さん、残念でした(T_T)) でも、自分たちが目指す理想のライフスタイルを、しっかりと見つけることができました。 ありがとう、Byron Bay。

不足感

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こんなこと言うといやらしいですが、 実は僕、”目立ちたい”んです。 そんな本音の裏側にあった過去の記憶を、今回は少し整理していきます。 前回までのブログにも書きましたが、小学校くらいまでの間、僕はサッカーと勉強ではそれなりに一目置かれる存在でした。 えぇ、これでも。 笑 でも一方で、僕には大きなコンプレックスがあった。 それは、 人よりも色黒だったり、人よりも身体が華奢だったことです。 今思うと、気にする必要のないことにすごくとらわれていたいたなと思います。 でもその時は、学校=社会=世界くらいに感じていたので、周りの友達と違う自分に対して、 「自分は普通の人とは違うんだ」 そんな風に感じていました。 少なからず小学校の時にいじめられた経験もあって、そんな気持ちも大きくなっていき、僕は必要以上に人の目を気にするようになっていった。 (こいつは何でこんなに黒いんだ?) (日本人じゃないんじゃないの?) 人の視線を感じると、いつもついそんな風に勝手に解釈をしてしまうようになり、自分そのものへの否定感が次第に募っていきました。 それと同時に、なるべく目立たないように目立たないように、と自分の他の人と違う点が注目を浴びないように、控えめに行動をするようになりました。 コンビニの店員さんの視線がすごく怖かったり、 初対面の人と話す時に焦って汗だくになったり、 人と接するのが、苦手になっていきました。 だからとにかく僕は、 ただ”普通”の人と同じように見られたかったのです。 でも一方で、こんな経験もありました。 小学校5年生くらいの給食の時間、当時流行りの曲が教室にあるスピーカーから流れた瞬間、 「あ、この曲知ってる!」 「みんなで歌お〜!」 クラスの女子たちがそう言って一斉に歌い出しました。 僕はその歌を知らず、ただポカーンとしていると、 「雄太、知らないの!?」 「えー、信じられない!」 そんな風に言われ、一人孤独に感じた記憶があります。 それからというもの、一人こっそりとミュージックステーションのランキングチェックと、音楽やファッション雑誌を欠かさず読むようになり、 (もう、あんな想いはしたくない) と、流行りに敏感で、服装にも気を使う、今でいう”イケてる”男子を装うようになりました。 すると少しづつですが、 ”あいつちょっとイケてるかも(今風)” そんな視線を、感じるようになりました。 (多分) とにかくこれら全ての体験から、 「人と同じように、なるべく目立たないようにいる」 と同時に、 「本音では注目されたい」 という、いつも矛盾した両方の想いを抱えながら、でもどちらにも振り切れない、煮え切らないストレスフルな生き方をこれまでずっと続けてきました。 そんな自分を解放したい、 自分らしく、好きなことをして、 やりたいことをやる生き方をしたい。 僕にとっての不足感は、 ”目立ちたい”ということでした。 親からの自由と、自分の解放。 気分的には、今は何でもできるような気になれた、そんな2016年の年の瀬です。 It is annoying to […]

「がんばっちゃうと、結果が出なくなる」

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昨年8月、二度目の転職をした僕は、 新しい会社にお世話になることになった。   ’’お世話になる’’というよりはむしろ、   「自分がこの会社を引っ張って、成長させるんだ。」   そんな気持ちが強かった。   当時の僕は、不思議と自分に自信を持っていた。 前職までの経験、勉強してきたこともある。自分は”多少”デキる人間なハズ、と。(恥ず。。)   また、同時に周りからの期待とプレッシャーもあった。   ”引き抜かれて入ったからにはがんばらないと…” ”年齢では周りの社員よりも上の自分が積極的にリードしなければ…。”   当時の僕は、マーケティング部の部長として、 会社にとって大きなステップとなる、あるWEB事業のプロジェクトを任されていた。   それまで経験のなかった領域ではあったが、任された仕事を成功させるべく、 大量に本を読んだりしながら勉強し、日々奮闘していた。   とはいえ、正直に言えば不安だった。 でもそんな想いを口には出せず、自分自身でも見て見ぬ振りをしていたような気が、今はしている。   むしろ、”周りに頼る”ということが、自分自身が一人ではできないことを自ら認めるような気がしていて、相談をする回数も減っていった。   気が付くと、僕は毎日夜遅くまで、一人でコツコツと”がんばる”ようになっていた。   ”会社を大きくしたい”   そんな気持ちで取り組んでいたはずが、いつしか、   ”自分の力で結果を出したい”、 ”上司に認められたい”   そんな想いに変わっていた。 もちろん当時の僕は、そんな自分自身の気持ちの変化に気づいてはいなかった。     プロジェクト開始から約3ヶ月後、 ほぼ予定通りのタイミングで新サービスをリリースすることができた。   でも、結果は望んでいたレベルからは程遠いものだった。   そこに費やした時間や費用、何よりこれで得られると信じていた社内からの信用など、 それらを思うと、その失敗で完全に自分に自信を失ってしまった。   ”期待されて入ったのに、結局自分には何もできないのか?” ”これまで自分が得てきた経験や知識は何だったのか?”   それでも、気持ちだけは諦めてはいけないと思っていた。 失敗しても、次に向けて”がんばって”いけばいい。   […]

親を悲しませる”勇気”(後編)

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予想以上にたくさんの方から反響を頂いて、とても嬉しいです。   そしてまさかの、”自分のBLOGを書くことにプレッシャー”を感じております (^^;;     後編です。     無事に志望大学に合格した僕は(正確に言うと指定校推薦というやつです)、 ぶっちゃけそれだけで、ほぼ満足していた。     (多分これで、就職も”うまく”いくんだろう。)     自分から友達を作るのがあまり得意ではなかった僕は、同じ高校から大学に進んだ同級生たちに、いつもくっついて行動していた。   なんとなく面白そうで、ちょうど推薦枠のあった商学部への入学。 履修する科目を選ぶ際に、特に将来に向けた明確なビジョンがあるわけでもなかった。   「この授業評判良いらしいよ」 「ほんと?おれも取ろうかな」   「おれはあの授業受けるよ」 「じゃあ、おれも行くわ」   ”なんとなく面白そう”かどうか、”楽に単位が取れる”のかどうかだけで、友達にくっつきながら履修科目を選んでいた僕はいつしか、   「あいつ、何も自分で考えて行動できないんじゃねーの」   なんとなく、そんな視線を向けられるようになった。   そうして、少しづつこれまでの友達との距離が離れていく中、少しづつ、大学での新しい友達も増え始めた。   それなりに楽しくて、充実していたと言えば充実していた日々。   だけど、サークルでサッカーをして友達と思い切り楽しんだ後、 飲み会で仲間とバカ話をして最高に盛り上がった夜の帰り道、 決まって僕は、何故だか泣きたくなるほどの孤独感を一方で感じていた。   将来を見据えて資格勉強に励む友達、 サッカーのプロ選手になって活躍している友達、 留学をして新しいチャレンジを始めた友達。   口に出して言ったことはなかったけど、あの時に感じていた感情は、間違いなく”劣等感”そのもの。   もちろんその友達のことはみんな、心から尊敬していた。   誇らしい気持ちだったけど、その裏にあったのは、   ”自分も同じようにたくさんの人に認められたい” ”すごいと言われたい”   そんな想いだった。   […]

親を悲しませる”勇気”(前編)

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僕はこれまで、親に悩みを相談したことがない。   よく、「親や家族には友達のように何でも相談できる」と言う人がいる。 でもいつからか、僕にはそれができなくなっていた。   正確に言うと、”できない”のではなく、”したいと思わない”、むしろ”したくない”という感覚に近い。   どうしてか、考えてみた。 そして過去を振り返って、気づいたこと。   それは、”親の期待を裏切って、悲しませたくない”という気持ちが根底にあること。   何かに悩んでいる自分や、何かを思うようにできないことを、親に知られて悲しませてはいけない、 がっかりさせてはいけない、という想いが僕の中には昔からあった。多分、小学校くらいからだと思う。   思えば幼い頃から、僕は親からたくさんの愛情を受けて育ってきたことを自覚していた。   好きなものを食べさせてもらい、好きな所に連れて行ってもらい、好きなものを買ってもらって。 間違っても決してセレブではないし(笑)、お金持ちでもないけれど、それなりに。   そして、幸せな大人になるためには、勉強をすること、良い学校へ入ること、安定した職業に 就くこと、大きな会社に入ることが大切だといつも言われていた。   そうして知らない間に僕は、いつしか親自身が描く”将来の幸せ”へのレールというものに沿って、 生きていくことになる。   そしてそのレールを外れることはいけないこと、親を悲しませることだと、心のどこかで解釈をしていた。   でも、かといってその頃は自分自身で自分なりのレールを引くことができるわけでもなかった。 自分には何ができて、何を本当はしたいのかも、よくわからなかった。   小学校4年生くらいから、塾や公文式に通いだした僕は、周りの子と比べても勉強は飛び抜けてできる方だった。   「もうできたの!?すごいね!」 「やり方教えてよ!」   また、その頃はなぜかサッカーも得意で、学年でもトップ3くらいに上手かった。   当時、流行りのシザース(KAZU選手のフェイントの真似)で相手を抜いては (信じてもらえないかもですが。。)、   「雄太、すげー!」 「次は一緒のチームで、もう一回対戦しようぜ!」   そんな具合だった。   とにかく、自分には何ができて、何がしたいのかはよくわからなかったが、 勉強とサッカーだけは周りから認められ、褒められた。それが嬉しくて、楽しかった。   でも、小学校を卒後し、サッカーで名門と言われた学校でいざサッカー部に入ってみると、もう全然ダメ。 まず体力がないし、技術もついていけない。   勉強はと言うと、これまたとんでもなく頭がいいやつがゴロゴロいて、全くかなわない。   こうして、それまでの自分の存在価値を形成していた、”勉強とサッカー”での自信が一気に崩れさった。 […]