What is the most important things in your life?人生で最も大事なホニャララ。

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HI, I am Kazuyo. One day, a question of English lesson stirred me up. 『What is the most important things in your life, food or water or love?』 One classmate answered. “My most important thing is LOVE.” Most students said, “Why? Every people can’t live without water!!!” I understood both opinions. But, first one is […]

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One day, a question of English lesson stirred up me. 『What is the most important things in your life, food or water or love?』 One classmate answered. “My most important thing is LOVE.” Most students said, “Why? Every people can’t live without water!!!” I understood both opinions. But, first one is deeper than the second […]

「語学学校スタート!」【オーストラリア生活 Day4】

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鈴木和代です。 私目線の時々ブログ。 オーストラリアについて、4日目。 心配していた朝のお通じもきちんと復活。 本日より語学学校スタート。 オリエンテーションでは、so young で派手派手なブラジリアンガールズと、同じくso young なジャパニーズガールズに圧倒されながら。 クラス分けのテストは予想外にもmost under classではなくて。 密かに「自己肯定感」を経験。 とはいえ、下から2番目の初心者クラスにもかかわらず、『行けんじゃね?』と言葉遣いまでso young girlsに侵食され。 興奮気味で本日のお勤め終了。 帰宅後、いつものようにトイレに腰掛け、目線の先にあるコンセントプラグが目に入る。 『〝ハー、ハー(;´Д`A〟って風にしか見えん』 と独り言。 明日はオニギリに海苔厚めに巻いてこっと。 にほんブログ村

「自分の〝真実〟を、知ることから。」【日本生活 残り3日】

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鈴木 和代です。 学習科目に『自分』というのがあったら、今の私は〝優〟をもらえると思う。 今から綴るのは、そんな私がまだ『自分』が〝不可〟だった頃の一番の思い出。 夫婦生活もそろそろ10年。 子どもはいない。 原因は私にあると断言できる。 まさに、10年患っている持病のせい。 積極的に『子作りしよう』とタイミングを計るものから始めたのは、4年ほど前の、2人の生活も7年目を迎える頃、高齢出産直前の34歳。 一旦『欲しい!』と思うとそればかりに執着するようになって、今思えば、期待→想像→最悪想定→ショック→現実逃避→自己否定、、、こんなのを繰り返していたなと思う。 ショックを感じると、関連のサイトを頻読しては、同じ想いをしている人を探すことで、見て見ぬふりをする、みたいなことをしている日々。 それが無意味だとわかると夫と喧嘩。 義務で『する』ことが悲しくて嫌だった。 そして、毎日考えてた。 『そもそもあたし達、合わないんじゃない?』 『ストレスが原因?そんなの仕事してたら無くせるはずがないじゃない!』 『冷えが良くないとか言うけど、冷え性って言いながら3人も産んでる人いるじゃん』 『身体に悪そうなもの食べまくってても、あの人はすぐ子どもができるな』 挙げ句の果てには、 『仲が良すぎる夫婦には子どもができにくい(2人を取り持つ必要がないからってことらしい)』 という親戚のジョークにまで翻弄され。 科学的なものは、いくつか試した。 でも、本当に本当に本当に、嫌だった。 ものすごく太い注射で、大量の透明の液体を腕から注入された時に、手の先がピリピリして、泣くくらい嫌だった。 そんなこんなで、3年ほどが経過した頃。 以前の職場の関係で、〝自分の現在地を把握する〟ということをする機会があり、過去から現在までの自分の心の成り立ちを徹底的に洗い出した。 それは、自分の言動や思考の癖、そういった自分の〝リアル〟を知る機会だった。 そして、改めて夫と、(子どものことに関わらず)お互いの個人の人生・幸せと、夫婦としての人生・幸せを話し合った。 『俺は、心地いい環境でかずと過ごすこと』 『あたしの幸せは、自分の思うナチュラルな生活を雄太と送ること』 2人のそこ(幸せ)には、子どもがいなかった。 ふっと、かかっていた靄が晴れた気がした。 いつの間にか、特に子作りにおける私は、自分の軸がぶれていたんだと気付いた。 『俺は子どもがいなくてもかずと一緒だったら本当に幸せになんだよ』 と、いつも言ってくれた雄太の言葉を、はじめて受け止められた。 治療も、義務感からの子作りもやめた。そして、オーストラリア行きが決まった。 もちろん、今でも欲しい。 けれど、自分の現在地が把握できた今、心もそうだけど、一番大事な身体のことを考えればそれを完治させることの方が先決だとわかっている。 だから、焦っていない。 今の私は、『自分』が〝優〟。 大事にしたいと、心から思っています。 『舞い降りてくるかな、雄太とのあたしにも』 『必ず舞い降りるよ』 どこかでスタンばってる我が子へ。 ちょっと待ってろ系で〜!   にほんブログ村

「オーストラリア移住。言えなかった本当の理由。」

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こんばんは、鈴木和代です。 実は私には、10年以上も引きずっている〝持病〟がある。 その症状は様々で、一般的には自律神経失調症とか、慢性疲労症候群とか言われているもの。 でも時にその病気は、お医者様がわかり得る病名の中にヒットするものがなく、諸々の検査で異常がない時の逃げ道にもなっているもの。 私の場合だと、一番きついのは夕方。 体力がなくなってくると、一気に疲労感と倦怠感が現れ、耳すら下界からの情報を得る機能を遮断したがる。 はじめにこの病気を認識したのは今から10年ほど前。 当時の職場である百貨店の現場で、夕方17時を過ぎたくらいから耳がこもるようになった。 帰りの電車で立っていられずに倒れたり、休日には食材を買いに行ったスーパーで貧血のような症状に見舞われたり。 その当時、責任あるポジションで忙しく働いていた私。 病気とは思わず、単なる疲れと思っていた。 というか安易に休むことはできないし、周りのみんなだっても忙しくしているし。 「疲れて体調悪い」というのは、販売員、とりわけ店長レベル以上の間のポジションのスタッフの間では常識だったから、「そんなもんだろ、大人なんて」って思ってた。 でも、どれだけ寝ても休んでも、一向に治らない。 逆に酷くなる一方。 そしてやっと病院に行って血液検査をしたものの、結果は「異常なし」だった。 そんな毎日をなんとな~く過ごし、そんな生活にもだんだんと慣れて来て。 たまに、それでもどうしてもしんどい時には、違う病院に駆け込んで調べるものの、どこへ行っても「異常なし!」 「もしかして、自分は単なる”怠け病”?」と、思い始めた。 それに拍車をかけ、弟の賢一が超重病にかかり、死んだ。 あれはもう8年前のこと。 彼が苦しい中でも精一杯生きようと頑張っている姿を見ていたから、「私の症状なんて、ホント大したことない」って思っていた。 だから、比較的体調がいい日には無理やり運動をしたりして「ほら、できるじゃん!」って本当の自分の身体の状態を見て見ぬふりをした。 だけど、症状はどんどん悪くなり、辛さを感じることも多くなった。 極度に冷えを感じたり、異常に暑かったり、貧血のようなめまいが続いたり。 そして、常に頭痛や倦怠感を抱え、自然と目が閉じてくる。 その上、耳鳴り、呼吸が苦しい、耳がぼーっとして水の中にいるような感じ、時々の目の痙攣、生理不順、、、 思い出せる限り、ざっとこんな感じ。 でも、食事は普通に取れるし、見た目は元気。 肌も荒れないし、逆に「肌が綺麗」とかって言われてしまう。 私もつい嘘をついて、「いつもちょー元気!」と言って、ガハハと笑っていた。 仕事柄、幸いにも休みは不定休だったから、アフターファイブにディナーに誘われることも少なかった。でも、誘われたら「ランチかお茶」って逃げていた。 正直に言うと、あの時の私は、仕事が終わったら一刻も早く横になりたかった。 友人の皆様、嘘をついていてごめんなさい。 そうやってこの症状と付き合いながら、死ぬまでこの症状とともに生きていくんだ、と半ば諦めていた折に、奇跡的にも素晴らしい「医師」と、「呼吸法の先生」に出会った。 その医師は、自らが同様の症状になったことをきっかけに、通常の(その辺によくいるって言ったら皮肉かな…笑)医師のやっている「勉強通りの対処法」ではなく、日常生活、とりわけ食事などの栄養療法を研究して実践し、その症状を完治させた。 アメリカではそう言った栄養医学的なところは先進的だけど、日本ではまだまだそういう診察に目を向けて実践している医師は比較的少なく、保険治療外だから、めっちゃ高い。 でも「最後の望みにかける!」と思って初診を受けた。 これまでの検査とは、大違いだった。 検査体はアメリカに送るため、結果が出るまで時間もかかったが、本当の「結果」がそこにあった。 そしてわかったのは、亜鉛とマグネシウムが私には欠乏しているということ。 特に亜鉛は、もともと作り出せない身体であるという事実。 今の自分の不調の「原因」がわかっただけで、本当に救われた。 そして、普通の医師なら言わないような言葉をかけてくれた。 「必ず良くなるから、一緒に頑張りましょう」 長いこと辛かったけど、途端に「私って運がいい!」、、、、とても興奮した。 それから、、、あと少しで一年。 食事を変え、身体に必要で且つ薬でないサプリメントで、安全で自然な生活を心がけた。 以前より夕方以降にも動けるようになり、完治ではないが、身体は確実に変化してきている。 そして、今実践しているもう一つの生活習慣、それが「呼吸法」。 はじめは、趣味で座禅を組んで瞑想して、、、ってところから入った。 普段から呼吸の浅さには自覚もあったし、焦る癖、早口の癖にも引っかかるところがあったから、ゆっくり呼吸をしてリラックスしたいと思い、なんとなく始めた。 徐々に、「これは私に必要かも」と思い出した。 きちんと習いたいと思い、「ZEN呼吸法」として理論を確立している先生の元へ行ってみた。 そこには、いつも超元気いっぱいで「毎日楽しすぎて生きてることに感謝しかしていない」と言う先生がいた。 […]